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LGBTQ問題の法整備の遅れと最高裁の視点
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2023年2月、岸田文雄首相は、夫婦別姓や同性婚導入について「制度を改正することになると、日本の家族観や価値観、社会が変わってしまう課題」といった、否定的なニュアンスの発言をしました。21 世紀に入り、欧米はLGBTQ 擁護の法整備を進めていますが、日本の制度はここ20 年ほぼ変化がなく、OECD(経済協力開発機構)の2019年調査でもその遅れが指摘されています。その障壁はどこにあるのでしょうか。そして、人権の砦である最高裁はどう判断しているのでしょうか。

トランスジェンダーが戸籍上の性別を変えるには厳しい要件がある

清野 幾久子 LGBTQの人々の人口比は決して少なくありません。日本でも調査のたびに少しずつ増えていて、2018年の電通調査では8.9%。世界的にも概ね8%ほどだと見られています。性的マイノリティを表すLGBTQのうち、LGBは性的指向、Tは性自認に関わるものです。Qには、「Questioning」などのさまざまなニュアンスが含まれます。とりわけ、T=トランスジェンダーが抱える性自認の問題は、その人の生き方そのものを左右するにもかかわらず、日本では法改正や立法化が不十分であるため、個人の尊厳や幸せが侵される事態が生じています。

 トランスジェンダーの人たちが、戸籍上の性別を変えられる法律が日本でできたのは、2003年のことです。これはヨーロッパでLGBTQ問題、とくに同性愛の問題が解決されてきた流れから見ても、早いといえる対応でした。性同一性障害者特例法と呼ばれるこの法律の内容は、5つの要件を満たし、2人の医師からの診断書をもらえば、家庭裁判所の審判によって性別変更ができるというもの。ただ、この5つの要件が非常に厳しいのです。

 1つめは、成人であること。2つめは、現に婚姻していないこと。3つめは、未成年の子どもの親でないこと。4つめは、生殖腺がないこと、または生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。5つめは、他の性別に近似する外観を備えることです。

 1つめの年齢要件は、2018年の民法改正によって2歳引き下げられましたが、第二次性徴も過ぎてしまった18歳では遅すぎると批判されています。2つめと3つめの、婚姻しておらず、未成年の子の親でないという要件は、家族秩序の混乱防止や子の福祉の見地から。5つめの外観要件も、いわゆるお風呂屋さん問題が議論されましたが、生殖腺をとっても外観がそのままであると、周囲が混乱するからというのが理由とされています。

 4つめの生殖腺除去要件については、2023年10月に最高裁が、手術を課すのは違憲という趣旨の決定を出して注目されました。2019年に一度合憲とされたのですが、その時には、手術は身体への侵襲度が大きく、憲法における「身体の自由」を侵害するおそれが大きいという裁判官の補足意見も出されていました。そういった人権についての考えの積み重ねが、4年後の違憲判決につながったとも言えるでしょう。

 3つめの、未成年の子の親でないという要件については、最高裁は、2021年11月に合憲判断を下しましたが、そこで1人、違憲だとして反対した裁判官がいたのです。子どもの親であろうがなかろうが、自分の性別実態と異なる法律上の地位に置かれることなく自己同一性を保つ権利があるので、この要件は合理性がなく憲法13条に反し違憲であるとしました。小法廷の5人の中でたった1人の意見でしたけれども、この個人を尊重する考え方が、2023年の生殖腺に関する違憲判断への後押しになったと考えられます。

 これらの要件は、ヨーロッパでも最初のうちは存在しました。安易に手術をして元に戻れなくなっては困るので、ある程度判断能力が備わった年齢からにした方がいいだろうとか、世間の混乱を防ぐ必要があるとか、家族における子どもの保護だとか、概ね日本と同じような理由づけがされました。しかしこの10~20年の間に、次々と廃止されているのです。本人が思う性別で生きることを制約するべきではないという考え方が、今のヨーロッパのスタンダードなのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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