
微生物をはじめとした様々な生物が、人間にはない能力をもっていることがわかり、話題になることがあります。そうした生物の能力も、元をたどっていくと生体内のタンパク質などの分子に行き着きます。その分子の働きを解明する構造生物学が、いま、様々な分野から注目されています。
生物の機能はタンパク質が担っている
最近、線虫を使ったがん診断が話題になりました。これは、がん細胞が生成するなんらかの物質を線虫が検出していることによって起こる現象を利用したものです。
検出には、おそらく、線虫の生体のタンパク質が関わっていると思われますが、どういうタンパク質が、どういう物質を検出しているのかは、まだ解明されていません。
つまり、いまは、線虫の起こす現象を利用しているだけなのですが、そのメカニズムが明らかになれば、医療や医学にとって大きな進歩になると思います。生物のこうしたメカニズムの解明にたずさわるのが、構造生物学です。
構造生物学は、生物の機能を、生体の分子レベルから解明しようとする研究分野です。
この生体の分子とは、具体的に言えば、タンパク質や、すべての細胞内にあってタンパク質の生合成にも関与する核酸などを指します。
タンパク質というと、筋肉や骨、血液の元となる栄養素をイメージする人が多いと思います。その通りですが、さらに言えば、すべての細胞の原形質の主成分であり、細胞によって起こるあらゆる生命現象に関わっている、非常に重要な分子です。
つまり、私たちが呼吸をしたり、歩いたり、考えたり、ひらめいたりするのも、元をたどると、すべてタンパク質という分子の働きに行き着くわけです。
このタンパク質は、人をはじめ、あらゆる生物にあって、働いています。
例えば、コロナ・ウイルスに感染すると体調が悪くなるのは、コロナ・ウイルスが私たちの体内の特定の細胞にくっついて、その細胞の働きなどを阻害するからですが、このとき、コロナ・ウイルスは生体の細胞にくっつくためのタンパク質を作り出しています。
そこで、人としては、このタンパク質の作用を邪魔する抗体(これもタンパク質)を作りたいわけです。そのとき、まず必要なのが、コロナ・ウイルスが作るタンパク質の立体構造を明らかにすることです。
タンパク質は20種類のアミノ酸が鎖状に多数連結してできた高分子化合物ですが、その鎖状の形は複雑で、らせん状や、折り畳まれた形、球状など、様々な立体構造をしています。
実は、このタンパク質の立体構造がわかれば、そのタンパク質の機能の仕組みを解明することができるのです。
つまり、コロナ・ウイルスの作るタンパク質の立体構造がわかれば、その機能を邪魔する有効な抗体を作ることもできる、というわけです。
タンパク質の立体構造を解析する方法として、古くから行われているのがX線回折です。X線を当ててできる干渉縞から立体構造を解析する方法です。
最近では、電子顕微鏡や、MRI検査と同じように電磁波を利用する核磁気共鳴(NMR)などの方法も開発されています。
新しい技術開発がどんどん進められるのは、タンパク質の立体構造を知ることは、非常に重要だからなのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。