百聞は“一食”にしかず!藤森慎吾さんが衝撃体験した味覚メディアの最前線

自分の声を録音して再生することは、トーマス・エジソンが発明した蓄音機に始まり、今では誰もが当たり前にできる時代となりました。では、食べ物や飲み物についてはどうでしょうか?これを世界で初めて実現したのが、明治大学の宮下芳明教授です。そんな宮下教授がイグ・ノーベル賞を受賞したことを機に、タレントで明治大学卒業生の藤森慎吾さんが研究室を訪問。「味覚メディア」の研究で世界をけん引する宮下研究室とはどんなラボなのか?藤森さんが体感した衝撃の味体験とは?さっそく覗いてみましょう。
未来のメディアと描くビジョン
薄味のラーメンが美味しくなったり、白ワインが赤ワインに変化したり、口臭が全くしないペペロンチーノを味わったりと、摩訶不思議な味体験をした藤森慎吾さん。そんな宮下研究室(以下、宮下研)での体験を振り返りながら、未来のメディアや研究のビジョンについて2人で語り合いました。
「味覚メディア」で、食を豊かにする
「本当に美味しくなるんですか?」。エレキソルトを体験する藤森さん
藤森:いや~、先ほどは舌と頭が混乱する、ものすごい体験でした。先生のおっしゃる通り、まさに「百聞は一食にしかず」ですね。そして改めて、イグ・ノーベル賞の受賞、おめでとうございます!
宮下:たくさん食べて飲んでいただき、ありがとうございました。今回の受賞は「電気味覚を使った食器を使って味を変えよう」と提言した2011年の論文が評価されたものです。「電気味覚」とは、ごく微弱な電流を使って、食品の味の感じ方を擬似的に変化させる技術のことです。先ほどの塩ラーメンが入っていた器「エレキソルト」はまさにこれが社会実装された形なんです。
藤森:かなり薄味だったラーメンが、器のスイッチをオンにしたとたん、塩味が付いたように感じられて数段美味しくなったので、本当にびっくりしました。減塩食を提供する病院でも重宝されそうですね。そもそも電気の力を使って味を変えようとする発想がすごい!
宮下:ありがとうございます。電気味覚のアイデアは、研究室内のディスカッションから生まれたものなんです。そこから13年。宮下研では電気味覚以外にも、様々な形の味覚メディアで世界をリードし続けているんです。
藤森:その一つがTTTVですね。ある食品をまったく別の食品の味に変えてしまうTTTV3のデモは衝撃の体験でした。だって、さっきまで飲んでいた白ワインが、紛れもなく赤ワインの味に変わったんですから。
宮下:楽しんでいただけたようで何よりです。実は、マイクを使った音の出入力やカメラを使った映像の出入力と同じように、味や匂い、手触りを転送できるコンピュータを作ろうとする考え方は昔からあって、私もその研究をしてきました。それを実現できたのはうれしいことですし、今後もますますアップデートしていきますよ。
藤森:味を再現する技術は色々なことに応用できそうですね。TTTV3を使えば、アレルギーで食べられない物があったとしても、アレルゲンのない別の食べ物からのその味をつくれるわけですよね。これって、あらゆる人の苦しみを救う研究でもありますね。電気味覚とは異なる味覚メディア技術で、先生にとって2回目のイグ・ノーベル賞も……、期待してしまいます!
3Dプリンタで工芸品の趣を引き出す研究も
藤森:宮下研はまさに、世界を代表する味覚の研究室ですね。
宮下:ありがとうございます。ただ、よく勘違いされるんですが、うちは味覚専門の研究室ではないんです。例えばVR(バーチャルリアリティ)の研究や、3Dプリンタの研究を行っています。3Dプリンタの研究では、工芸品のような趣を引き出すためにどうしたらいいかを考えたりしています。
藤森:3Dプリンタってそんなこともできるんですか!
宮下:そうなんです。明治大学はかなり先進的に取り組んできました。これができたのも明治大学が初めてなんですよ!
藤森:ん?これは歯ブラシ……、ですよね?
宮下:はい、こんなに細かい毛も実は3Dプリンタで出せるんです。もちろん、しっかり磨けますよ(笑)。
藤森:むしろ市販のものよりもきめ細かい気がします。先生は実際に使ってみたんですね(笑)
宮下:もちろんです。やはり、生活の中に入れていくことが重要なので。学生も3DプリンタやVRの機器を持っていて、家でも体験や開発をしているんです。昔はコンピュータルームにしかなかったパソコンも、今ではみんなが持っているツールになりました。3DプリンタやVRの機器も、もはや持っていて当たり前になりつつあります。まずは実際に使ってみる。すると色々とアイデアが湧いてくるものなんです。なので、特にこちらから買うように言っているわけではありませんが、いつの間にかみんな持ってるんですよね。
学生と教授は対等な研究者
藤森:宮下研は学生の皆さんが本当にイキイキと楽しそうにしているのも印象的ですね。なんだか、先生との距離も近い感じがします。
宮下:確かにそうですね。宮下研の学生たちは、新しい研究を一緒に進める仲間のような存在です。私と一緒に明治大学の研究者として国際的な学会にも出て、肩書に関係なく発表やディスカッションを行います。論文にも、誰が教授で誰が学生かなんて書かないんですよ。
藤森:初めて知りました。本当に共同研究という感じなんですね。
宮下:そうなんです。ですから、やりたいと思うテーマを一緒に探すところから始まります。ただ、アイデアだけを聞いても、最初からそれが良いか悪いかは私にも分かりません。一緒に作って体験してみて、成功も失敗も一緒に体験するんです。
藤森:学生の立場からしたらめちゃくちゃ嬉しいですよね。
宮下:大学はたくさん失敗していい場所なんだよ、と学生たちによく言います。学生のうちは何でも挑戦して、どんどん失敗して経験値を貯めていくことが大事です。そうやって学生自身の問題解決力が上がっていく。
未来を一緒に作る面白さを味わってほしい
宮下:私は、総合数理学部の先端メディアサイエンス学科という未来のコンピュータのあり方を考える学科の学科長をしています。藤森さん、未来のコンピュータってどんな形になるか想像できますか?
藤森:んー、透明のディスプレイとか、宙に浮いている……とか?
宮下:あるかもしれないですね。ただ、どんな形になるかは、まだ誰にも分かりませんよね。だからまずはつくってみる。そして、そこから本当にあるべき形は何なのかを探そうとしています。未来を一緒に創っていく面白さは、大学ならではの体験かもしれません。単に教科書を暗記して、テストを受けるのとはまるで違います。たくさん失敗と試行錯誤を重ねた成果が、いつかどこかで誰かを幸せにするかもしれない。そういった実感はすごく面白いと思いますよ。
藤森:お話を聞いていると、私も関わるエンターテイメントの世界とも共通点がありそうです。特に、誰かに喜んでもらうために制作チーム一丸で取り組む、というところは同じかもしれませんね。
宮下:誰かを喜ばせそうとしているのも共通していますね。誰かを幸せにしたい、自分も幸せになりたいと思って色々な人が色々な取り組みをしている。すべての表現活動がそうかもしれないし、私たちの研究活動も同じだと思います。
10年後はきっと、今とは違うことをやっている
藤森:先生は今後も味覚に関わる研究をずっと続けていきたいと思いますか。
宮下:それだけでもないです(笑)。
藤森:えっ、そうなんですか(笑)。
宮下:ここ10年ぐらいは味覚メディアの研究を中心にしていますが、それより前には音楽支援の研究をしていましたし、並行して3Dプリンタなどの研究もしています。どんどん興味の幅が広がっているんですよね。もちろん何か一つを追い求める研究スタイルもあると思うんですが、私の場合は新しい視点を持った学生との出会いが毎年あるので、研究領域はどんどん広がっていきます。
藤森:学生からの刺激で色々なことが変わっていくんですね。
宮下:そうですね。むしろ「10年後、今と同じことだけはやってないだろう」ということは断言できそうです。
藤森:味覚メディアの次に先生が研究したいと思っていることはありますか。
宮下:「嗅覚」の研究を進めようとしています。さっきのTTTV3のデモでも、味は白ワインから赤ワインの味になりましたが、香りは白ワインのままでしたよね。嗅覚の部分がまだ足りないので、次はそこはやっていきたいですね。
藤森:この先、香りも再現された超高級ワインもつくれちゃいそうです。
宮下:そうなっていくと思います。味覚のデバイスとAIを組み合わせた研究も進んでいます。味のデータをセンサで取るのではなく、AIを使って出す機能がつい最近できたんです。TTTV3にはマイクがついていてAIと会話ができるんですが、「マンモスの肉の味出して」って言えば、AIが考えたマンモスの味を出してくれるんです。
藤森:マンモスの味……どんな味なのか、想像できないです(笑)。
宮下:他にも「初恋の味」などもAIが考えてくれますし、画像入力をすると「入道雲の味」とかもできますよ。また、AIが作ったものに対して「こんな味じゃないよね」と言うと、それを受けてまた別のものを出してくれる。そういう対話をしていくとだんだん良くなってきます。TTTV3での新しい味体験が、誰かを笑顔にさせたり、「こんな味は再現できないのか」と触発することができたらうれしいですね。
無意識に我慢している「不便」を見つけ、打開する
藤森:先生の研究は、我々の欲求を叶えてくれる研究なんですね。
宮下:そうかもしれません。例えば、交通系カードや電子マネーを一回使うと、もう切符やお札・硬貨を使うのは面倒になりますよね。便利な物を体験することで初めて、それまでが不便だったことに気付くんです。
藤森:エレキソルトはまさにそうですよね。これまで健康のためにしていた減塩という我慢から解き放たれるんですから。
宮下:そうそう。車も自動運転の時代になれば車が人を避けるので、人も車も自由に移動できて信号がなくなる世界ができるかもしれません。また、メタバース上にオフィスをつくれば、わざわざ人が移動する必要もなくなるかもしれません。信号や満員電車について、未来人はきっと「不便だったね」と言うんじゃないかと思います。だから私は、今みんなが知らず知らずのうちに我慢していることを打開していくと、それが未来の当たり前になるんじゃないかと思うんです。
いろんなことを高校生活で味わった上で、大学入試に挑んでほしい
藤森:最後に、これから明治大学進学を志望してくれる高校生に向けてメッセージをお願いします。
宮下:受験には入試科目がありますが、それ以外のことをやらなくていいと決して思わないでください。音楽や家庭科の授業、自由研究、文化祭や運動会、あるいは友達付き合いなど。こうした経験が、研究に活きていきます。
ちなみに私自身も、今は味覚の研究をしていますが、修士号は音楽関係で取っているんです。
藤森:えっ、どういうことですか(笑)全然関係ないじゃないですか!
宮下:一見するとそう思いますよね。私は様々な音色を作れるシンセサイザーについても研究しているのですが、これは味の作り方と実はかなり似ているんです。
味付けを加減するのも、シンセサイザーのつまみを回すのも、調整とフィードバックが繰り返される対話みたいなものです。実際、電気味覚の波形を探索するシステムの名前も「TasyteSynth」ですね。音楽の研究でデザインした波形がエレキソルトに備わっています。
そんなふうに考えると、今までやってきたことが全部つながっているように感じます。
おわりに
「人々を笑わせ、そして考えさせる研究」に贈られるイグ・ノーベル賞。宮下研はこれを一つの通過点と考えているようでした。斬新な研究成果の背景には、学生と教授が対等な立場で研究に取り組み、とことん楽しむ研究室での日々がありました。研究を通じて人々を幸せにする未来の「当たり前」をつくっていく、宮下研の今後が楽しみです。
宮下 芳明
明治大学総合数理学部教授。イタリア国フィレンツェ生まれ。千葉大学工学部にて画像工学、富山大学大学院教育学研究科にて音楽教育を専攻し、北陸先端科学技術大学院大学で博士号(知識科学)を取得。2007年度より明治大学理工学部に着任。2013年度より総合数理学部先端メディアサイエンス学科に移籍し、現在に至る。2023年にはイグ・ノーベル賞(栄養学)を受賞。
藤森 慎吾
長野県生まれ。2005年明治大学政治経済学部卒業。中田敦彦さんと「オリエンタルラジオ」を結成し、2004年にNSC(吉本総合芸能学院)へ。同年、リズムネタ「武勇伝」で『M-1グランプリ』準決勝に進出して話題となり、デビュー当初よりブレイク。バラエティ番組を中心に活躍する。2016年、自身がボーカルを務める音楽ユニットRADIO FISHによる楽曲 『PERFECT HUMAN』でNHK紅白歌合戦にも出場。
芸人としてだけではなく、俳優、歌手、声優などその活動は多岐にわたる。2020年、自身のYouTubeチャンネルも開設し、人気を博している。2021年より吉本興業所属から独立し、フリーとなる。第58回日本レコード大賞・企画賞「PERFECT HUMAN」(2016)受賞。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。